winnie the pooh mugcup collection

クマのプーさん Mugcup Collection は文字のホームペイジです。
あらゆる人種的差別に反対します。
<< 2012.01 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

2007.09.12

無断リンク禁止、なんて言ってる奴のコンテンツは大抵つまらないって本当でしょうか?

僕の記憶では、ことさら無断リンクを薦めたり、「無断引用バンバンやっちゃってください!」なんて言ってみたり、「無断改変、無断曲解、無断誤読フリーです!」なんて言ってる奴のコンテンツの方が糞つまらないことが多い…ような…気がします…。


統計を取ったわけではないので実際に多いかどうかは知りません。それに、リンクと引用、読解、メッセージを同じレベルで語っちゃダメ!と言われるかもしれないけど、それらを「(コンテンツ)所有権」の派生議論として見ることもできると思います。リーチ・アンリーチの派生問題だと言っても良いのではないでしょうか。

「無断リンクOK無断引用もOK、でも、メッセージを曲解されたり意味が伝わらなかったりするのはイヤだ」。という人は多いと思います。僕は、メッセージは所有権の問題だとも思います。書き手がコンテンツにこめるメッセージと、読み手に届くメッセージは常に合同でありません。読み手は曲解・誤読しますし、書き手は行間に真意を隠します。二者間には齟齬があり、両者はコンテンツで綱引きをしているのだと思います。コンテンツは書き手のものなのか、読み手のものなのか。メッセージの所有権はどちらにあるのか?制御権は?

大岡越前なら「先にコンテンツを手放した方が本当の所有者だ」なんて裁くのかもしれません。本当の所有者とコンテンツはそのあと二人で幸せに暮らすわけですが、僕らはその後の幸せな暮らしなんかに1mmたりとも興味がない。僕らの興味は、両腕を引っ張られて泣き叫ぶ子供の顔にあります。汗で滑る偽母親の手のひらにあります。手を離す母親の逡巡にあります。僕らの興味が続くのは裁きが下る直前1nsecまでであって、それ以降にはありません。ようするに闘いがおもしろいのです。

闘いはあらゆる層で行われます。無断メッセージ層だけで行われているのではない。無断引用層でも、もちろん無断リンク層でも行われている。この辺ではっきり言ってしまいましょう。「無断リンク禁止なんて言ってる奴のコンテンツは大抵つまらない」と言う人は、心の底でおびえています。無断リンク禁止を頑なに謳ったコンテンツが、徹底的に感動的でおもしろかった場合を想像しているからです。そしてこの幻影の如きコンテンツはリンク自由論者をを切る。早朝の道場で、牛三つの境内で、虎子の間に至る廊下で、驚くべきことにその剣士は流れ星を使うのだ。

リンク自由論者は知っています。書き手のメッセージが読み手へ伝わる感動と、読み手に伝わらないおもしろさを。そこで起こる綱引きの楽しさを知っています。それら感動・おもしろさ・楽しさの源泉に闘いがあることも。そして彼らは「闘い」の部分で、本能的に分が悪いと感じている。無断リンク禁止人種に秘められた圧倒的な戦闘ポテンシャルを察知しているからです。

無断リンク禁止を謳う人は、コンテンツ所有権を手放さず、闘う民族です。この民族はコンテンツ交通の制御権、リンク制御権を手中に収めようとするくらいですから、無断引用層でも戦闘的な態度を崩さないでしょう。彼らは生まれついての戦闘民族であり、そのDNAにはあらゆる闘いの記憶が刻まれています。彼らは理屈でなく遺伝子で闘います。僕らは理屈の闘いからも感動やおもしろさが生まれるのを知っていますが、遺伝子の闘いからもそれが産み出されるのを知っています。そして、彼らの闘いは美しい。僕たちがそこに見るのは、凡人がいくらあがいても到達できない「天才性」「ガチ性」です。

それに比べれば、インターネット理念を持ち出して全体の利権を主張してみたり、技術の問題だとかなんとかと理屈をこねるリンク自由主義者の闘いが貧しく思えてしまうのも仕方がないでしょう。自由主義者のほとんどは、リンク層での闘いに敗れた者か、そもそもリンク層に闘いがあったことに気づけない人間、闘いを忘れてしまった人間で占められているからです。リンク自由主義者は、戦闘民族がそうするように、「風」で索敵できません。「鼻」で戦場を検知することもできません。リンク自由主義者は誰かから与えられた敵と相対することは慣れていますが、「男の世界」に入ることは許されない対応者なのです。

もう一度言いますが、リンク自由主義者は、無断リンク禁止人種の戦闘DNAを恐れています。無断リンク禁止人種が圧倒的におもしろいコンテンツを産み出す高い可能性におびえています。自由主義者が、その圧倒的おもしろコンテンツにどうしてもリンクしたいと思ったとき、禁止人種にリンク許可をお願いすることになりますが、その際に一体どんな言葉でお願いすればよいのか。「理念によればリンクは自由であるべきで…」なんて理屈が通じないのは分かり切っている。そうすると、禁止人種の情念には情念で説得するしかないのですが、果たして牙を抜かれた自由主義者にそんなものが残されているのか…。

ここまで。僕らは無断リンク禁止人種の中におもしろコンテンツが発生する可能性が極めて高いことを確認し、リンク自由主義者の言説の奥にそれに対する恐怖を発見しました。しかし、あくまで机上の話であって、現実はそれほど単純ではありません。

現実には、リンク自由主義者のネットヘビーユーザやアルファブロガのみなさん、特に無断リンク議論を取りあげる人にとって、上記のような話は前提に過ぎません。では、なぜ彼らは「無断リンク禁止なんて言ってる奴の…」などと自らのおびえを露わにするのでしょうか。

結論から言ってしまえば、彼らはおびえを演じているのです。彼らにとって重要なのは「無断リンク禁止人種とリンク自由原理主義者の間で、議論があたかも続いているかのように演出すること」です。思い出してみてください。実際に僕らが無断リンク禁止の圧倒的おもしろコンテンツに出会い、それにどうしてもリンクしたくて思い悩む…なんてことがありましたか?無いのです。上で確認したように、無断リンク禁止人種のおもしろコンテンツ率がかなり高いにもかかわらず、その遭遇率は驚くほど低い。

これはどういうことか。僕たちが無断リンク禁止人種と遭遇しないからです。コンテンツ所有への執着が強い禁止人種の、そのコンテンツが、あっちでもこっちでも閲覧できるわけないじゃないですか。彼らのおもしろコンテンツは、山奥へ向かう獣道のようなリンクを何回も辿り、人を忌む結界をくぐり抜けてやっと到達できる禁止人種の里にあるのです。

ぬくぬくと暮らす僕たちは戦闘民族と遭遇しませんから、無断リンク禁止人種の存在を、古の戦闘民族の存在を忘れてしまっています。様々な層での闘いを忘れてしまっています。もちろん、今、このときにもリンク層での闘いは行われているのです。メッセージ層での闘いと同じで、それは決着したわけではありません。無断リンク議論をリードするリンク自由主義者のみなさんは、忘れっぽい僕らのために恐怖を演じながら「昔は、ものの怪がたくさんおったんじゃ。わしらはそれを見た。山で、川で、厠にもようけいたもんじゃ。今は二十一世紀なので見えなくなってしまいましたが、姿が見えないだけで、ものの怪はお前らのすぐ近くにもいるんですよ」と教えてくれてるのです。

もはや、無断リンク民族が実際にいるかどうかは問題ではない。リンク層という概念世界での戦闘を確認することが問題になります。リンク自由主義者が行っているのは、自らの戦闘遺伝子を再活性し、感動とおもしろさの源泉たる闘いを召還するための儀式です。

繰り返しますが、「リンク層は自由だ。引用層はルールに則れ。しかし、メッセージ層は自由というわけにはいかない。そこには闘いがあるのだ…」。と言っているネットヘビーユーザの皆さんが、リンク層で起こっている闘いに思いを馳せられないはずがないんです。「無断リンク禁止なんて言ってる奴のコンテンツは大抵つまらない」と書く、アルファブロガのみなさんは「リンクは自由!お前も俺も奴らも自由!リンク層に闘いは無く、あるのは自由だけなのだあばばばば」なんて言ってるわけではない。彼らはリンク層の闘いを風化させないために無断リンク議論を利用して、彼我の想像力を定期的に喚起させ、リンク層の闘いに決着がついていないことを周期的に宣伝するため、何度でも無断リンク論争を取り上げ、蘇らせるのです。

そのままのあなたでいて 何も知らない無垢な瞳のまま
神にゆだねてみて下さい

そして僕たち愚民は神(ブロガ)の言葉に従い、まだ無断リンク議論が続いていることを、リンク層に闘いが存在することを確認します。


-結論-
エントリにリーチ・アンリーチ問題があるように、リンクにもリーチ・アンリーチ問題があると思います。リンクでも引用でもリミックスでもMADでも、なんでもそうだと思いますが、ただ初期コストを下げて、誰でも彼でもがいじくれるようにしてかき回すとおもしろいものが出来ますよ、というのは確かにそうだと思いますが、リンク元に対する愛情や、引用元に対するこだわりがあるとさらに楽しくなるのではないでしょうか。そんな側面から見ると「無断リンク禁止!」の言説は、コンテンツ所有へのこだわりの横溢と捉えられるんじゃないかと思います。自分のコンテンツにこだわれない人が、他人のコンテンツにこだわれるとは思えないですから。その角度から僕は「その意気や良し!」だと思いますよ!

Permalink / comments (0) / trackbacks (1)

Trackback

Trackback URL
無断リンク論とクマのプーさん | 朱雀式 | 2007.09.14
最近、ブログ界隈ではサイト論、とりわけ無断リンク論争が花盛りだそうだ。しかし、あ...

Comment